平野紫耀の母の年齢や仕事は?母子家庭や脳腫瘍?壮絶過去を徹底調査

ドラマやバラエティーに活躍中ののキンプリ平野紫耀さん。

平野紫耀さんがどのような幼少時代を送ってきたのか気になりませんか?

実は平野紫耀さん、お母さん幼少期について過去に何度か語っているようです。

今回は平野紫耀さんのお母さんや幼少期のエピソードを調べてみたいと思います。

平野紫耀の母は17歳の若さで出産?

平野紫耀さんは2013年関西ジャニーズjr.のバラエティー番組に出演した際、母親の年齢が33歳と答えていたそうです。

つまり、当時の平野紫耀さんの年齢が16歳なので、お母さんは17歳のときに出産していることになります。

17歳で子供を出産しているというのはかなり若いですよね。

ただ、その後、2018年の9月4日放送の『踊るさんま御殿!!』でお母さんの年齢を聞かれた際に「40歳」と答えており、

その当時平野紫耀さんは21歳なので19歳の時に生まれた子供ということになり、以前の発言とズレがあります。

もしかしたら2013年の平野紫耀さんは母親の年齢を間違えて覚えてしまっていたのでしょうか?

真相はわかりませんが、どちらにせよ17歳や19歳で出産されているのでかなり若いお母さんというのは間違いありません。

平野紫耀の母は病気になるほど仕事漬けだった?

平野紫耀さんは母子家庭で育っています。

幼少期に両親が離婚し、母親に引き取られたようです。

また3歳下に弟さんもいるので、お母さんは女手一つで二人のお子さんを育ててきたことになります。

きっと経済的にも大変だったでしょう。

気になる職業については一般人ということもあり公表はされていませんが、

テレビ番組で平野紫耀さんが

「母親が仕事漬けで体を壊してしまった」

と語っていたことから、仕事の掛け持ちなどされていたのかもしれませんね。

また舞台『ジャニアイ』で平野紫耀さんはこんなことを語っていたそうです。

母さん俺が小さい頃に離婚しちゃって夜遅くまで働いたから病気になっちゃって。

俺さ母さんが手術するとき舞台で踊ってたんだよ。付き添ってやることもできなかったんだよ。

俺が成長することが舞台に立つことが母さん一番喜ぶんだ。

母親を思う平野紫耀さんの優しい気持ちが伝わりますね。

野紫耀さんのご活躍を誰よりも喜んでいるのはお母さんかもしれません。

平野紫耀の壮絶母子家庭エピソード

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そんな平野紫耀さん、幼少期のエピソードがかなり壮絶でしたので一つずつ紹介します。

父の記憶がない

先ほどご紹介しましたが平野紫耀さんは母子家庭で育っています。

そのため「小さいころから父親の記憶がない」そうです。

離婚してからもお父さんのサポートはなくお母さんが一人で育ててくれたのは確かなようですね。

1円玉を5枚も食べて病院へ

紫耀さんはかなり小さいころからやんちゃだったようで、お母さんが目を離したすきに一円玉を飲み込んでしまい、

慌てて病院に行くと、なんとお腹から5枚も1円玉が出てきたというエピソードがあるそうです。

中学生時代はかなりグレていた

小さなころからやんちゃだったという平野紫耀さんですが、中学生になると本格的にグレます。

写真の紫色の学ランはご自分で用意したそうです。

また中3のときには銀髪にしたくて7回も髪をブリーチしたというエピソードも。

中1のクリスマスプレゼントはうまい棒50本

中学1年生のときクリスマスにネックレスが欲しいとお願いしていたところ、枕元に置かれていたプレゼントがうまい棒が50本だったそう。

母子家庭のため金銭的にはかなり苦しかったのでしょう。そんな中でもプレゼントはあげたいという母なりの気持ちが伝わりますね。

母に代わって家事をしていた

平野紫耀さんは働き詰めで身体も弱かったお母さんに代わって家事は小さいころからしていたそう。

洗濯や掃除、料理も自分で作っていたのだとか。

得意料理は回鍋肉で、市販されている調味料を使わずに自分で味付けをして作ることができるそうです。

小さいころからお母さんのために家事をこなす優しい子だったのだろうなということが分かります。

家計を助けるために芸能活動を

平野紫耀さんは小さいころから名古屋のモデル事務所に所属するなど芸能活動を行っていました。

またジャニーズに入る前も名古屋のアイドル「ボイメン」で活躍されていたようです。

きっと芸能界に入って家計を早く助けたいと思って頑張っていたんですね。

動画 平野紫耀 ボイメン時代 可愛い  昔 ファン

平野紫耀の母が脳腫瘍に?

平野紫耀さんのお母さんは2014年に脳腫瘍が見つかり、入院しています。

ちょうどジャニーズ事務所での仕事を始めていて東京に着たばかりの時だったようです。

母子家庭で育ち女手一つで育ててくれたお母さんに病気が見つかりとても心配されていたようで、平野紫耀さんは東京にいながらもお母さんの入院先に毎日のように駆けつけていたそうです。

この話を聞くと、改めて、平野紫耀さんは家族思いの優しい人なんだなって感動しました。

まとめ

以上、平野紫耀さんのお母さんや幼少期のエピソードをまとめてみました。

小さなころから苦労されてきた平野紫耀さん。

お母さんのため、家族のために頑張る姿は本当にかっこいいですね!

今後も益々応援したくなりました!